【心の自由】正解を探すのをやめました
正解は、あとから作るものなのかもしれません
子供の頃は、常に「正解」がありました。
1+1=2。
2+3=5。
算数は、特にわかりやすかったのを覚えています。
全部正解なら100点です。
100点を取れば、親に褒めてもらえます。
私はそこで、「正解を探す」という訓練をしてきたのだと思います。
学生時代も、先生がいました。
先生が正解を教えてくれます。
その正解を覚えて、その通りにすれば、うまくいきます。
ところが、社会人になると、先生はいなくなりました。
何が正解なのかも、自分で探さなければいけません。
でも、周りにはたくさんの人がいます。
「こっちが正解だよ」
「いや、向こうが正解だよ」
それぞれが、自分の正解を教えてくれます。
そのたびに、悩んで揺れてきました。
「正解って、なんだろう?」
「正しさって、なんだろう?」
大人になった私は、人生の「正解」を探し続けていました。
正解の道。
つまり、失敗しない道はどれなのか。
そんなことばかり考えていたのです。
他人の正解を追いかけて、迷子になりました
今は、SNSを開けば、たくさんの「正解」が流れてきます。
この働き方がいい。
この投資をしたほうがいい。
この健康法が正しい。
このくらい稼げば安心できる。
この年齢なら、こうするべき。
もちろん、参考になることもたくさんあります。
私も、これまでたくさんの人から学んできました。
でも、一時期、正解を求めすぎて迷子になっていました。
「年収1000万円では足りない」と言われれば、
「そうなんだ。では、もっと稼がなければ自由になれない」
と思い込んでいました。
「もっと稼ぐには、この方法がいい」と言われれば、またそちらに向かいました。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
そのたびに、人生の方向が揺れていました。
でも、ある時、気づきました。
誰かにとっての正解が、そのまま自分の正解になるとは限らないのです。
その人が幸せになる暮らしと、私が幸せになる暮らしは違います。
その人に必要な1000万円と、私に必要な1000万円も違います。
だから私は、「正解を探すのをやめよう」と思いました。
正解の代わりに「自分の基準」を持つ
それからは、何かを選ぶときに、少しだけ考え方を変えました。
「みんながやっているから」ではなく、
「私は、本当にこれをやりたいのか」
と考える。
「普通はこうするから」ではなく、
「この選択をしたら、私はどんな毎日を送ることになるのか」
と考える。
「失敗しないか」だけではなく、
「失敗しても、一度やってみたいと思えるか」
と考える。
すぐに答えが出るわけではありません。
それでも、自分で考えて、自分で選ぶ。
その積み重ねが、少しずつ「自分の人生」を作っていくのだと思います。
好きなことは、下手でも失敗しても、何度でもチャレンジしたくなるものです。
だったら、最初から正解かどうかを気にしなくてもいい。
そう思えるようになりました。
正解は、あとから作るものなのかもしれません
考えてみると、人生の選択には、最初から正解が書いてあるわけではありません。
やってみなければ、わからないこともあります。
進んでみなければ、自分に合っているかどうかもわかりません。
だから私は、
「正解を探してから動く」のではなく、
「自分で選んで動きながら、その選択を正解にしていく」
と考えるようになりました。
途中で違うと思ったら、方向を変えてもいい。
やめてもいい。
やり直してもいい。
人生は、テストの答案用紙ではありません。
最初から100点じゃなくてもいいんです。
0点からでも、楽しかったら進んでいいんです。
一度書いた答えを、消してはいけないものでもありません。
何度でも書き直せます。
そう考えると、少し気持ちが楽になります。
自由とは、自分で選べること
私が考える「自由人生」は、何でも好き勝手にできる人生ではありません。
お金をたくさん持つことだけでもありません。
自分が望む人生を、自分で選び、少しずつ形にしていくことです。
どんな毎日を送りたいのか。
誰と一緒にいたいのか。
何を大切にして生きたいのか。
その答えは、人によって違います。
だから、誰かが作った「人生の正解」を、そのまま借りてくることはできません。
自分で考えて、自分で選んでいく。
私は、それを「自由」と呼んでいます。
もし今、人生のことで迷っているなら、
「何が正解?」
と考えるのを、一度やめてみてください。
代わりに、
「私は、どうしたい?」
と自分に聞いてみましょう。
仕事でも、お金でも、人間関係でも、暮らし方でもいいです。
「普通はこうする」という答えから、一度離れてみる。
そして、自分にとって大切なものを一つだけ考えてみる。
「家族との時間を増やしたい」
「好きな場所で暮らしたい」
「好きなことを、長く続けたい」
「もっと心穏やかに暮らしたい」
それでいいのだと思います。
人生に正解がないからこそ、自分で選べます。
あなたが今、探している「正解」は何ですか?
もしよかったら、今日は一つだけ、
「私は、本当はどうしたいのか」
と自分に聞いてみてください。
その小さな問いが、あなたの「自由人生」の始まりになるかもしれません。
今回の記事で書いたような、
「自分にとっての自由とは何か」
「どんな暮らしをしたいのか」
「お金や仕事を、人生のためにどう設計するのか」
を、もっと具体的に考えたい方に向けて、
noteで【自由人生 第1巻】小さく豊かに生きる設計図をまとめています。
「誰かの正解」ではなく、自分らしい人生を自分で設計してみたい方は、よかったら読んでみてください。
→ https://note.com/satoai5/n/nfc3ab4d4f615
今日も、自由で心豊かな1日を選びましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
サト愛




あらかじめ決まった正解があると思うと急に足が重くなりますよね。自分にも思い当たるところがあって、もっと肩の力を抜いて選んでいいのかもと感じました。
自分で選んで動きながら、その選択を正解にしていく。
とても共感します✨
私も長い受験経験から、正解は探すものではなく作るものだと思っています。
(私は、聖杯という表現を使っていました。投資の世界でいわれる、必ず儲かる手法、のような意味だそうです)